こたに医院 の日記
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小説「パニック」
2011.06.09
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ふとした機会があって開高健の小説「パニック」を
読みました。
開高27才のデビュー作です。
作家は、初期の作品ですべてを書きつくし、登場
人物には自らを投影します。
120年振りに竹の花が咲いた、東北の一地方が
作品の舞台です。
竹の花には実がなって、前後の年に飢饉が起こった
ときには、人々の命の糧になるのですが、同時に、
ネズミが大発生します。その結果、作物や樹木の根
ときには、人間にも害を及ぼします。
県の森林課職員の主人公は、その危険性を危惧し
秋のうちに竹やぶの広範囲の「野焼き」を意見書と
して、提案しますが、上司に無視されてしまいます。
ところが、春になり、雪が解ける時期に、木々の根が
食い荒らされ、麦の芽も出ず、ネズミの大繁殖が
明らかになります。いたるところに、ネズミがあふれ、
駆除薬の散布やイタチを放ったり、さまざまな手段で
対処しますがネズミの被害は収まりません。赤ん坊
がのどを食いちぎられたり、伝染病のうわさも飛び
交います。
いつしか主人公が、以前に出した意見書のことが外部に
漏れて、県の失政を糾弾する側の象徴に祭り上げられ
たりしますが、上司は終息宣言を出すことを強要します。
そんなとき、ネズミの集団自殺が起こり、ネズミは次々に
湖に殺到し溺れ、全滅し、すべてがあっけなく終わります。
チェコの作家フランツ・カフカの不条理を背景に漂わせ
ながら、そんなに寓話めいた風もなく、むしろ、主人公
の青年の、自己弁解めいた、歪んだヒロイズムが滑稽
なくらい。ドタバタめいた面白さのある作品で、開高の
チカラ加減が見えて、迫力があります。
無理に、今回の震災・津波・原発事故と行政の対応と
を、こじつけることもできるでしょうが、あまり有意義に
思えません。人間の社会ならば、いつでも、起こり得る
事象としての「パニック」を捉えているのです。
開高健と言えば、後期のベトナムもの、中でも「輝ける
闇」を読んだ際の感動が忘れられません。
特に、現地の娼婦、青蛾との愛の場面の美しいこと。
大阪の天王寺生まれ、市大、サントリーの宣伝部出身、
お酒と旅と釣りをこよなく愛して。
右の目は熱く、左の目は冷たく、心には氷の炎を持て。
開高健の言葉です。
ベーリング海のオヒョウ釣り、アラスカのキングサーモン
モンゴルのイトウ釣り。
世界中で、釣りをして、その紀行文も面白かったですね。
そして、1989年、まだ58才で、食道癌で亡くなりました。
もう、22年になります。
でも、この人にも、生きていてほしかったと思うのです。